正月おもち大作戦
三題噺 お題 「もち」 「花札」 「山」 より
「それでは参加者の皆様、用意はいいですかー!?」
「おおおー!!!」
「海外旅行へ行きたいかーー!!?」
「おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
まるで地鳴りのように響きわたる人々の声。年明けの寒さを吹き飛ばすように会場の神社は熱気に包まれている。
「それでは記念すべき第1回、桃の木市餅探し大会スタートです!!」
司会者の人の声と同時に、まるで決壊したダムから流れ出る水のように人々は一斉に走り出した。
私もその人波に飲み込まれないように、とりあえず神社から走り出す。
途中で立ち止まるとそのまま踏みつけられそうな感じがしてついつい早足になってしまう。
でも、そんな風に考えながら走っている自分がちょっとだけおかしくて私は笑った。
少し走ったコンビニの前で、桃の木市の地図を広げる私。
店内では元旦…しかも真夜中だというのに店員さんが働いてる。
正月早々から働いているのは大変だと思うけど、そのおかげでこうやって待ち合わせもできるし…感謝してます。
それにしても遅い…私は友達が来るはずの方向をチラッと見た。
「ううう、杏子ちゃんー。明けましておめでとー。」
そこに見事なタイミングで走ってきたのは親友の美鈴。
人波に巻き込まれたのか、髪の毛も服もぐっちゃぐっちゃだ。
「明けましておめでとうって、美鈴…あなた色々すごいことになってるわよ。」
美鈴は鏡を取り出して自分の姿を確認すると絶叫した。
「はううっ、せっかくお洒落してきたのに…ううう。」
私は、ただ苦笑いするしかなかった。

私の名前は遠野杏子。桃の木市に住む高校1年生。
今日1月1日に行われる餅探し大会に参加している。
そうなのだ、年がまだ明けて間もないというのに…。
この大会は、今年から始まった大会でいわゆる町おこしの大会らしい。
桃の木市は、昔から花札に縁がある土地で、市の特産物?としても花札を前面に押し出している。
花札に登場する植物が多く群生していたりするのも、
花札を中心にして、町おこしをしていこうとする人たちの努力のおかげだろう。
そんなせいか、自然には恵まれているので私はこの町がなかなか好きだ。
さてさて、この大会のルールだが、
出場者にはクイズが出され、そのクイズを解くとチェックポイントの場所がわかり、そこでスタンプを押してもらう。
そのスタンプの数が大会終了時間時に一番多い人が優勝というわけだ。
1位には海外旅行、2位には国内旅行…と市の大会にしてはなかなか気前がいい。
だけど、私の目的はチェックポイントでもらえる葵屋のつきたておもちだった。
葵屋のおもちは私の大好物。
それがチェックポイントに行くごとに貰えるのだ。
チェックポイントは花札の枚数分…つまりは48箇所あり、全部回ることができれば48個も貰えることになる。
もちろん、全部回ることは大会時間24時間しかないのでおそらく不可能。
でも、貧乏性の私には無料でおもちが食べられることが何よりの幸せだった。
私はおもちの為だけにこの大会に出場したと言っても過言ではない。
ああ、早くおもちが食べたい!!
そんなことを考えたら、顔がにやけてきた。
「どうしたの杏子ちゃん、なんかにやけてるけど…。」
「そ、そんなことないわよ!さ、さあどこから行こうか?」
2人して参加者全員に渡されるクイズの書かれた用紙を覗き込むが、さっぱり答えがわからない。
「はうう、杏子ちゃん、私全然わからないよー。」
情けないことに親友は早くもギブアップだ。
「まだ大会は始まったばかり!ここは落ち着いて、わかりやすそうなやつから探しましょうよ。」
「そうだね、じゃあどれがいいかなー。」
48個もクイズがあれば、わかりやすいものもあるはず。
目を皿のようにして必死に探す。
「ああ、杏子ちゃんが本気だ。」
「ねえ、これは?」
私が示したのは
 とき葉なる ●のみどりも春くれば 今ひと●ほの色●さりけり   ●の部分を埋めよ。
というクイズである。
この文章、●のところが欠けているが、本来の文章は
とき葉なる 松のみどりも春くれば 今ひとしほの色まさりけり
という古今集、春歌上の源宗干の歌である。
歌の意味は…と言いたいところだが、そんなことをしてるとおもちが食べられなくなるので省略する。
クイズの部分で欠けていた部分は、松 し ま の3つ。
桃の木市で松しまと言えば、松島公園が有名である。
「ねえ、美鈴。これ松島公園のことじゃない?」
「うんうん…ああ、確かに。さすが杏子ちゃん!!」
「そうと決まればレッツゴー!」
私たちは息を切らしながら松島公園を目指す。
公園が近づくにつれて、だんだんと人が多くなっていく。
さすが花札に慣れ親しんでる桃の木市民。侮れない。
「美鈴、走るわよ!」
おもちがすぐそこで、私を待っている。私は我慢できなかった。
「えええっ、ちょ、ちょっと待ってー。」
汗をかき、足をフラフラさせながら美鈴は私の後をついてくる。
「あはは、ごめんごめん。」
さすがにちょっと悪い気がして、私は美鈴のペースに合わせた。

「えええええええっ!?おもちがない!?」
「ごめんなー、思ってたよりも人が一度に来て作るのが間に合わないんだよ。」
町内会のおじさんの放った言葉に私は放心状態だった。
「杏子ちゃん、仕方ないよ。たくさんの人たちが参加してるし。」
「私のおもちさんが。おもちさんが…ガク。」
横では親子が美味しそうにおしるこを食べている。
いっそのことあの親子から奪ってしまおうか…。
私は無意識に親子に近づいていた。
「だ、だめだよ、杏子ちゃん。それはまずいって。」
「あはは、さすが私の親友。よく分かったね。」
「だって、目が血走ってたもん…。」
「この大会に向けて大晦日も何も食べてないからね。もうお腹すいちゃって。」
「ほ、本当におもち目当てだったんだね。」
「そういう美鈴だって、おもちくん目当てなんでしょ?」
「うんうん、おもちくん。頑張ってもらいたいなー。」
美鈴は嬉しそうに、チェックポイントの机の上に置いてある大会マスコットのおもちくんを見ている。
チェックポイントを5箇所以上回ればおもちくんのぬいぐるみが貰える。
美鈴はそれが目当てだった。
「よーし、じゃあそのためにも頑張ろうね。」
「うん。」
私たちは、再びクイズの紙を広げる。
「はうう、やっぱりわからない。」
美鈴はパンク寸前だ。こんなので本当に5箇所以上回る気だったのだろうか。
そんな美鈴を見て私はおかしくて笑った。
「杏子ちゃん笑うなんてひどいよー。」
「ごめんごめん、美鈴が可愛くて。ところで、これはどう?」
「月と山と…これは龍?」
花札には山と月が一緒に描かれている札があるが、クイズの用紙にはその絵札に龍も加えて描かれている。
「うん、これどういう意味なんだろう?」
「月が見える山…じゃあ意味が通じないよね。龍…ってこの町には龍がつく名所なんてないし…。」
「花札の絵にも龍なんて登場しないしね。」
流石にちょっと難しいかな…。でも他のクイズもどれも同じように見えてくるし。
ああ、おもちが遠い…。いつになったら辿りつけるんだろう。
少し諦めかけていた時だった。
「ねえ、杏子ちゃん。これ龍を何かに例えてるんじゃないの?」
「龍を…何かに例える?」
「うん、例えば十二支で言えば龍はタツノオトシゴでしょ。それとか、龍のように見える風景とか
 そんな場所のこと言ってるんじゃないかな?
 だとしたら、この龍の向きも関係あるのかな?」
「美鈴、すごい。もしかしてその可能性高いかもしれないわよ。」
2人でもう一度問題を見る。
山があって、龍が月に上るようにいて、その上に月がある。
「山、龍、月…月に登る様に龍が…。」
2人で繰り返し声に出してみるが、なかなか答えが見つからない。
「はうう、鯉が滝を登るならわかるけど、龍が月に登るなんてわからないよう。」
「うーん、困ったねぇ。」
…ん、待てよ。鯉の滝登り?龍?もしかして。
「ねえ、美鈴。鯉の滝登りって、滝を登った鯉は龍になるって言い伝えがあるわよね?」
「ああ、そういえば。うんうん、いうかも。」
ナイス、美鈴。私たちなかなかいいコンビかもしれないわ。
「仮に、この龍が滝を表しているとして、月が上、山が下を表しているとしたら…。」
「そっか、杏子ちゃん。北と南だね!」
そう、桃の木市には滝が2箇所ある。北には、山に地元の人しか知らないような滝と呼ぶには少し小さな滝がある。
南の山には観光名所にもなっている大きな滝がある。
そして、龍が上…つまりは北の方を向いているということは。
「答えは、北の薄野滝(すすきのたき)よ!」
「やったー、杏子ちゃん。早速行こうか!」
私たちは解いたぞーという充実感と共に、ゆっくりと歩き出した。

滝につく頃にはもう5時を回わっていた。月の明かりがだんだんと弱くなっていく。
今年最初の日の出もあと少しに迫っていた。
「ひょっとして私たちが一番かな?」
「うんうん、そうかもー。」
距離的には、この山は町から遠いし、効率を考えれば他に人はこないだろうということもあり
私たちはけっこうドキドキしていた。
が。
「ええええええっ!!?」
「はううううぅぅっっつ?」
チェックポイントは確かにあったのだが、そこにはたくさん人がいた。
と、言ってもお年寄りの方たちばかりである。
「うう、一番だと思ったのにー。」
思わず美鈴の話し方が移ってしまう。
私はスタンプを押してもらいながら脱力した。
「ねー、杏子ちゃん。残念。」
スタンプを押してもらいながら美鈴も苦笑する。
と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい、杏子、美鈴ちゃん。」
私たちはその声の方向を見た。
「お、おじいちゃん?」
そこには、私のおじいちゃんと美鈴のおじいちゃんがいた。
「ばっちゃんもおるぞい。」
横を見れば、おもちを貰うために並んでいるおばあちゃんもいる。
「お、おじいちゃんたちどうして?」
私と美鈴は驚きのあまり動けなかった。
「んー、どうしても聞かれてものう、松さん。」
私のおじいちゃんは美鈴のおじいちゃんに話を振った。
「ワシらにとってはここが一番わかりやすかったからのー。」
「????」
一体どういうことだろう?ワシら?そういえばお年寄りしかいないし…。
「杏子ちゃん、一体どういうことなんだろうね。」
そんな私たちをみかねて、おじいちゃんが声をかけた。
「杏子、美鈴ちゃん。ちょっとこっちへ来なさい。」
おじいちゃんに言われるがままに、私たちはついていく。
「滝?だよね。」
連れてこられたのは、私たちが予想した滝だった。
「そうじゃ、よーく見てみい。」
私と美鈴は言われるがままに滝を見つめる。
「…………ああ。」
「綺麗……。」
小さな水しぶきを上げながら流れ落ちる滝、そこには月の光が反射して虹がかかっていた。
もうすぐ夜明けだというのに、そんな弱い月の光でも輝いている虹は幻想的で本当に綺麗だった。
「でも、これがおじいちゃんたちがここがわかった理由?」
美鈴は不思議そうに聞く。無理もない、私だって本当にわからない。
おじいちゃんたちはお互いに顔を見合わせて笑う。
「杏子と美鈴ちゃんはどうやってここに来たんだい?」
「それは、龍が滝だと思って…。」
美鈴もウンウンと頷く。
「そうかそうか、そう考えても来れるのう。」
「おじいちゃん、焦らさないで教えてよ!」
「ふむ、昔から虹は龍の「化身」と言われていてな。月の光に龍…つまりは虹と言えばここなんじゃよ。」
「なるほど、月の光に照らされて虹が現れる場所がここなんですね?」
美鈴の言葉におじいちゃんたちはウンウンと頷く。
「南の滝は虹なんぞ現れんからのう。…ワシらは小さな頃からここを知っておってな。
 ワシらの世代じゃここは常識の場所なんじゃよ。」
どうりでお年寄りが多いわけだ。でも、その理由もなんとなくわかる気がする…。
こんなに綺麗な場所…来たくなるものね。
「しかし、お前たちがこの場所を見つけるなんてすごいぞい。じっちゃんは鼻が高い。」
ひょっとしたら、このクイズを作った人はお年寄りの方なのかもしれない。私はそう思った。
そして、クイズを解く人がこの場所を見つけて…こんないい場所があるんだ…そんな風に
自分にとってのお気に入りの場所を増やしていってほしい。
この大会の意図の裏側には、そんなのがあるのかな?とも思った。
とその時、私と美鈴のお腹がグーっとなった。
「あはは、謎が解けたらお腹すいてきちゃった。」
「そうだね、杏子ちゃん、貰いに行こうか?」
目の前の杵と臼でつかれた出来立てのおもちを、目の前のお皿にのせてもらう。
もち米の甘くていい匂いがする。
はやる気持ちを抑えて、私と美鈴は町が見渡せる展望台のベンチに座る。
「待ってました!葵屋のおもち〜♪」
私のには黄な粉と黒蜜がかかっている。
美鈴のはあんこだ。
2人で揃って箸を口に運ぶ。
歯ごたえ抜群、しかし柔らかく口にとろける美味しさ。
「これよ、これ!」
私は嬉しさのあまり泣いてしまった。
「あはは、杏子ちゃん本当に嬉しかったんだね。」
「ここまで、なんだかんだ言って長かったからね。」
感動の余韻に浸りながら、おもちを食べていると、お年寄りの方たちが展望台の方へ集まってきた。
「あ、そうか。杏子ちゃん、そろそろ日の出だよ。」
美鈴が時計を確認して教えてくれた。
「杏子、美鈴ちゃん。月、龍、そして山の謎が解けるぞい。」
おじいちゃんは小さな子供のように笑う。
謎は解けたはずなのに…。そういえば、山の謎だけが解けたのか解けなかったのか、曖昧だったような気がしないでもない。
私と美鈴も、他の人たちと一緒に展望台に向かう。
だんだんと空が明るくなっていく。
そして、東の山の方からゆっくりと初日の出が出てきた。
「うわっ……。」
「……すごい。」
私たちは、おじいちゃんの言っていたことの意味がやっとわかった。
東の山の影が町に伸びている。その影の伸び方が、まるで太陽に向かって伸びる龍のようなのだ。
みんな食い入るようにその光景を見ている。
そっか、あのクイズはこういうことでもあったんだ…。
でも、クイズの答えなんてもうどうでもよかった。ただ、今は目の前の素晴らしい光景に感動していた。
「杏子ちゃん、改めまして、あけましておめでとう!」
美鈴が嬉しそうに言う。
「うん、あけましておめでとう!」
私たちは笑いあう。
今年はなんだかいい年になりそうな気がする。今ならそれが実感できる。
私たちは太陽に向かう龍の姿が消えるまで、ずっとずっとその光景を眺めていた。

「よーし、杏子ちゃん行こうか!」
美鈴は眠気もなんのその、ピョンピョンと跳ねてみせる。
「まずはあと3箇所だね、おもちくんまで。」
私も美鈴の明るさにクスッと笑う。
「うんうん、おもちくんまで後ちょっと。でも…狙うは。」
私たちは顔を見合わせて頷く。
「目指せ、海外旅行ーー!!」
大会の残り時間もあと4分の3を切っていた。
でも、でも今ならどんな問題も解ける気がした。
「よーし、次はここよ!美鈴、おもちを求めて行くわよー!!」
「はうう、ま、待ってー。」
私たちは地図を広げ、走り出した。








あとがき
当時、サイトを作るにあたってまず書いてみようと思い、考えた物語です。
普通に物語を考えるのではなく、関係ない3つのキーワードを知り合いに決めてもらって
それを元にストーリーを考えるという、落語ではよく使われる方法だったりします。
杏子と美鈴のコンビは自分でも気に入っているので、どこかでこの2人のその後を書きたいなーと
考えていたのですが、HPを見て下さってくれている方は2人のその後もご覧になっているかと…(笑)
設定をもうちょっといじれば続編もいけそうな感じですね。

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